自作掌編小説「鼠を飼う」
掌編小説(?)を書いてみました。
「面白い!」と言うよりは「難しい……」作品に仕上がっています。
六百字程度ですのでご一読していただければ幸いです。
以下本文。
六月。雨は明けず。父の小屋に入り、呆ッと闇を眺める。
螺旋のロープの歪みが目に付くと、チウチウと啼く鼠が一匹居る。鼠を見ると、ロープの紐くずが散在する。
僕は想う。親のない鼠の心寂しさを。
隅の皮袋にある馬鈴薯をひとつふたつ取り出す。僕は鼠に向けて転がす。鼠、馬鈴薯から退いたあと、その端の固まった泥くずに鼻先を当てる。
僕は感じる。鼠の微かな鼓動を。
鼠、馬鈴薯にかじりつき、チウチウと啼く。鼠の歌、僕に響く。
翌日。雨未だ止まず。小屋に戻って鼠を探す。
鼠、馬鈴薯のある皮袋を漁る。
僕は一息置いてそれを見やる。鼠は僕を見る。なんということはない。鼠、僕に懇願する。僕は馬鈴薯をまた一つ取り出して、鼠に転がす。鼠、馬鈴薯を肚に掻っ込む。
僕は覚える。鼠を秘密のままに飼う好奇心を。
僕は怯える。僕の良心が、鼠の変心を招くことを。
翌日。雨上がる。小屋に入って恐々する。
父既に小屋に入り、鼠を捕らえて始末する。
父は言う。「こいつが馬鈴薯を食い荒らした」と。
僕は悲しむ。鼠の運命を、僕が決めたことを。
僕は後悔する。鼠など、目に留めなければ、悪獣として嫌悪すべきものでしかなかったことを。
僕は恐怖する。僕が鼠に対して向けた、エゴイズムを。
以来僕はこの時期になると、あの日の鼠を思い出す。
僕は思う。以後僕は何者とも交わるまい、と。
僕が交わる事、即ち残酷な慈悲である、と。
了