南谷の自分探し

日常・趣味についてのブログです。

自作掌編小説「傷心と童心」

 自作掌編小説第二回です。

 

 

 ある八月の事だった。私はリュックサックと赤い野球帽を被り、厭に塞ぎ込み、逃げるように炎天の下を歩いた。砂利道がずうっと続いている。そこから十字を描くように田んぼを隔て、向かい側の木陰の脇に老婆が二人ばかり座っている。私は足がぶるぶると震えた。汗がじわじわとただれていく。私が歩いているところから二、三歩ほど端に寄り、荷物を降ろして金属の、これまた熱さの通った水筒を取り出した。それから一口グイと飲み干すと、私は老婆の座っていた木陰に向けて歩き出した。老婆はもういなかった。

 陽の当らない、丁度腰を据えられる程度の石に、のっそりと尻を落とすと、陰になった石の、じわじわとした冷たさが尻もとに広がった。私は水筒の水をもう一杯注いだ。それからしばらくぼんやりと向かい側の山を見ていた。蝉の声が、喧しく鳴り続けていた。私はそれ以上に何かを感じることはできなかった。

 

 しばらく目をつむっていたらしい。目を開くと、陽がやや傾いていて、目の前の田んぼを橙色に染めかけていた。なんとなしに足元を見ると、蟻が長蛇の列を作って餌を運んでいた。蟻の一匹、二匹に唾をかけてやろうとも思ったが、可哀そうな気がしてやめた。それから蟻の列の先を見ると、少年が二人、銀色のバットと茶色のグラブ、もう片方の少年は金のバットと黒のグラブをもって、白球を交互に投げ合っていた。少年たちは夕陽に照らされて眩しく見えた。

 私は腰を上げた。足が少年たちのあとを付いていく。少年たちは鋭く曲がった山道の角を登り、私も歩いた。木陰の隙間から、そびえ立つ照明が見える。子供たちのキンキン声が聞こえる。私は急ぎ足になった。

 しばらく登ると、白土が広がっていた。少年たちは子供の中に混じっていて、どれが彼らであったかは見当がつかない。大人の姿は見えなかった。

 私は土手の傾斜に腰を掛けた。子供たちは三角状に段ボールの欠片を置き、一人が球を投げると、相手はそれを打った。子供たちは騒いでいた。蝉の音は聞こえない。

 隣を見ると、老婆が二人、立ち止まって子供たちを見ていた。頑張れ、よしよし、たくましいねエ、そんな言葉が聞こえてきた。

 それから大きな少年と、小さい少年が相対した。私にはそれが気の毒に見えた。

 大きい少年が、白球を投げる。小さい少年が、振る。空を切った。二人には微妙な、二人だけの、小さく、深遠な世界があった。私は目を開いたまま、唾を呑んだ。

 大きい少年が、投げた。小さい少年が、振る。

 きいん!

 小さい少年のバットに白球が当たり、私の前を貫き、落ちた。小さい少年は三角状の白土を回った。小さい少年は、私にもわかるような白い歯を見せて、坊主頭を子供たちに撫でられているようだった。老婆も、笑っていた。

 私は腰を上げた。

「もう少し、頑張るかい」

 どこまでも続く砂利道も、偶には悪くなかろう。私は夕陽に照らされた道を引き返していった。

 

                                   了